「学びて思わざればすなわち罔(くら)く、
    思いて学ばざればすなわち殆(あやう)し」 ・ ・ 孔子


この言葉を私なりに読み解くならば、

「規格表だけを鵜呑みにし、自から真空管を研究しなければ、則ち暗く、
    独自の実験のみ先行し、むやみに定格を無視すれば、則ち危うし」 ・ ・ 格子


となるでしょうか。ところでKT88や6GB8など、受信管しか知らなかった私にとって、845や211の存在はびっくりでした。と言うよりも送信管に対する知識は、その頃ほとんどありませんでした。

これは私が日本ソバ屋のバカ息子で、電話など通信手段は全て出前用としか考えられず、アマチュア無線のおしゃべりにも全く興味が無かったためです。

その後RCAの送信管規格表が再版されているのを知り、早速入手して中を見ると、特性グラフのY軸がアンペア単位の物まであるではないですか。これはスゴイ!

一方巻末イラスト(Outline Section)には様々な球が並んでいて、中でも特に興味をそそったのが、異形チューブ「860」です。


              
                 送信管界の「妖怪」と呼ぶ人も、いるとか、いないとか。


当たり前と思っていた左右対称は影もなく、あるべきはずの電極も裸導線という容姿に驚き、実物に出会える日を祈ったものです。ところが最近イーベイやヤフオクの中で姿を現し始めたではありませんか。

これこそが待ちわびていた時であり、90年たった現代社会には、HVTCという方法も用意されています。

思わず大人買いしてしまった860たちですが、改めてニヤニヤしながら眺めていると、「普通の人々はHVTCの事なんか知らなくても良いのでは。」という気持ちになります。

中華料理は火を前提とする事から、「中国の人はお刺身の味など知らなくていいです。日本人は調理も知らない野蛮人だから、魚をナマでかじってるだけなんです。味?・・・おいしくないですよー。」と言いたくなる状況に似ています。

これは中国の人をバカにしているのではありません。中国には他にまだ、おいしいものが沢山あるよ、という意味です。


     


1965年のRCAマニュアルではさらっと書かれている860ですが、それ以前のものではイラストも含め詳しくデータが出て、結構ポピュラーな球だったことが伺えます。

ところでこの球には疑問点もあります。なぜこれほど長いスパンの第2グリッドが必要なのでしょう。ざっと見てプレート長の3倍以上あり、グリッドを通り抜けても電子の行き着く場所がありません。

表面積のかなり小さいプレートが赤化した時、輻射熱を第2グリッドが受けるので、そのエネルギーを放出するためでしょうか。

又はバイアスが浅くなった時、急上昇する第2グリッド電流の損失対策でしょうか。いずれにしても、これがヒートシンクを構成しているとしたら、実にスマートかつ美しいデザインと言えます。




             860の第3の外形的特徴である長ーい第2グリッ


3極管接続では、バイアスが浅い時に起きるダイナトロン特性も無くなるので、下のグラフの左側にあるダイナトロン領域分(青い四角)だけ電圧利用率が高まるかもしれません。

4極管はサプレッサーグリッドがないため、少しでも第2グリッド電圧がプレート電圧を上回ると、それが電子にバレて、カソードから第2グリッドへ電流が流れてしまいます。

というのもカソードと第1グリッドと第2グリッドは、それだけで普通に3極管を構成していて、プレート電圧が低下、もしくは無くなれば、即3極管特性を発揮し出すからです。


  
              4極管なので、EpがEg2の500Vを割ると、すぐにIg2が増大する。


ところが高電位のプレートと第2グリッドの間に、電位の低い第3グリッドがあると、そこにサプレッサー空間が発生し、両電極の電位差が、電子にとって判別しにくくなります。

そしてこの濃霧あるいは煙幕のような場所へ飛んできた電子は、少し戸惑いブレーキをかけながらも、それまでの勢いでプレートにぶつかります。またブレーキのおかげで、2次電子の放出も減少します。

このように、あいまい空間で電圧利用率を高めるサプレッサーグリッドは、4極管の欠点を絶妙な方法で克服する、画期的な電極なのです。

但しこのサプレッサー空間は、第2グリッド電圧とプレート電圧が近い時のみ有効で、電位差があまり離れてしまうと効果がありません。


  


一方で第3グリッドが2次電子を跳ね返すという説は、やや苦しいでしょう。それではプレート電流の一部も跳ね返され、逆に第2グリッド電流が増えてしまいます。

また第1グリッド電圧が0Vのとき、カソードからの電子を跳ね返すのかといえば、同説とは真逆で、むしろグリッド電流が流れ出すことすらあり、つまり0V電位の電極が電子を跳ね返すようなことは無いのです。

そして2次電子の発生はプレート電圧が高いほど多いと思われますが、ダイナトロン現象はむしろ低い電圧時に起きているのも、見逃せません。

もともと2次電子の量はそれ程多いとは考えにくく、もし2次電子が大きな問題で、サプレッサーグリッドがそれに対して有効なら、3極管においても活用されて良いはずです。

それ以前に、カソードから第2グリッドへダイレクトに飛び込もうとする電子についての事を、この説は全く考慮していません。

第2グリッド電流とは第1グリッド電流同様、2次電子によって発生するものではないので、2次電子抑制をダイナトロン現象の対策と結びつけるのは、根本的に無理なのです。

しかし2次電子による都市伝説も第2グリッド低耐圧説同様、長年の歴史から多くの信者を従えている事でしょう。

ちなみにサプレッサーという単語は緩衝地帯の意味もあり、特にアメリカでは、銃のサイレンサーをこのように言います。


                   


ここで860の3極管接続特性を予想すると、この時代の球はGmもμも低く、Gm=1,2mSで、おそらくμ=4程度として、内部抵抗は3kΩとなります。

そこで負荷抵抗15kΩ、プレート電圧1500V、プレート電流50mAで動作させれば、バイアス電圧はマイナス350V、ダンピングファクター3前後で出力15W程度となるでしょう。

ドライバーは6HV5が理想的なところを、あえて6CW5のハイμ接続を候補とします。この動作ではドライブ能力はギリギリのスペックを持っていて、パラレル動作も興味あります。


     


ソケットはキー付きのUXで問題なく、プレートとグリッドのリード線にはセラミックスペーサーの被覆が似合いそうです。プレートへは80W程度入力するでしょうから、軽く送風もしたいところです。

全体の構成は今までの経験から、高圧電源のみ別シャーシという方法が、重量配分などを考えると一番扱いやすいと分かってきました。

モノブロックでは、電源トランスに同じものが2個必要となる反面、掘り出し物ではなかなかそうもいきません。かといって規格品ではメーカーっぽくなって面白みに欠けます.。

電源とアンプ本体の接続については、少し心配だったUS8ピンのコネクターつまりGTタイプでも、十分な耐圧を持っていると分かりましたので、個人用ということもあり、便利に活用しています。

コネクターは3000V位の取扱いでも、電圧レベルによってUXとUSに分け、ソケット自体をシャーシではなくベーク板のベース上に設けるなどすれば、全く問題ないでしょう。

追記

2次電子の放出とは、この場合2次電子の中の反射電子を指すものと思いますが、反射電子の検出には通常10キロボルト以上が用いられてるようで、ダイナトロン現象が起きる100V〜300v程度では、起きにくい可能性があります。





つづく


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1、新説「サプレッサー空間」のはたらきを知る