整流管で本当に音が変わっているのか?
何かか変わればどこかが変わる。この絶対的真理には誰も逆らえません。スピーカーを聴く位置が3cmでも変われば事実上周波数特性が変わっているので、音が変わって当たり前。

しかし整流管の音を聞き分けるマニアは、そんなことを言っているのではなく、もっと本質的な音の違いを訴えているようです。

これはHiFiオーディオに止まらず、ギターアンプのメーカーでもわざわざレクチファイアーモデルとして、整流管仕様のものを通常のダイオード整流の機種とは別に発売して好評を得ています。





つまりギタリストが耳をつんざくようなギャンギャン音の中ですら分るのですから、繊細なオーディオマニアに分らないはずがありません。

とは言え、ただ変わると言っていただけでは、この問題がブラックボックス化してしまうので、本当の理由、とまでは行かなくとも、ヒント位のところまでは到達したいと思います。

まずダイオードと整流管の違いでよく言われるスパイクノイズですが、電源波形を見ただけでは全く発見できません。とはいうものの電源から回り込むスパイクノイズで悩まされた事はあります。

それはコピー機から来るもので、待機中のウオームアップのため、ランダムにトライアックから発生していました。

この症状はメーカーを変えても同じで、通常のオフィスや家庭でそんなクレームは出ていない、ゆえにサービスやクレームの範囲では対処出来ないし、そうした極めて微細な部分までは手が回らないとさえいわれました。

しかしこのパルスはコンセントを経由して、スタジオのギターアンプや、楽器のピックアップ自体が拾う事で、極めて微細どころか、場合によってはものすごい音量でスタジオ中に鳴り響くのです。

そこで現在は100V:200Vで1,5KVAのトランスを2台購入しその間及び前後に100Aクラスのノイズフィルターを入れて解決していますが、そこまで費用や技術や手の回らないスタジオでは、状況によりいちいちメインスイッチを切っているようです。





このようにスパイクノイズや高周波ノイズは問題ですが、あまり厳密になると、現代社会では全ての家電ごとにこのような本格的フィルターを入れたり、自宅を病院内のようにケータイ禁止にしたり、果ては「自分以外電気を使うな!」ということになってしまうので、今回はとりあえず除外します。

次に、というか最も大きな理由として疑われるのが電源インピーダンスです。通常これは電源トランスの直流抵抗とコンデンサのインピーダンスがあり、これに整流素子の条件が加わったものと考えてみます。

そこで交換箇所である整流素子を中心に検証して行きますが、まずシリコンダイオードを適当な整流管に変えた場合、これは電源電圧が変わり動作点も変わりますから、真空管の倍音構成が変わってしまいます。

さらにシングルアンプならプレート電流が変わるのでOPTのインダクタンスが変わり、低域の周波数特性が変わりますし、PPアンプなら1次側コイル相互間の影響が変わり、歪が変化します。





このように低帰還型の真空管アンプは、からくり細工のようにお互いが影響しあって、電源電圧だけでも音の変化する要素がいくつかあります。

さらに現在使用中のスピーカーがその変化にマッチしたなら、やはり整流管は音がよい、と思っても不思議ではありませんし、お好みも含めてその逆なら、これはダメですと断定する人もいるでしょう。

ちなみに良いとかダメと断定する人は、なぜそうだったかをそれなりにに究明して欲しいのですが、多くの場合そのまま満足で終わったり、切り捨て、捨て置きにしているのが残念です。そしてこれは、「否定や礼賛による優越」という弱い構造社会を作りやすいので、注意が必要です。

話を戻して、電源インピーダンスの上昇は、こうした音質だけでなく、音の聴こえ方そのものにも影響します。無音のアンプに信号を入れると、最初の信号は無信号時の電源電圧で動作しますが、そのあとの信号は低下した電源電圧で動作します。さらに信号がゆっくり減少するばあい、徐々に電源電圧が上昇します。

これがいわゆるコンプレッサー効果で、曲中に頻繁に起こっています。効果としては歯切れが良くなったり、ダイナミックレンジが上がったような感じになります。





ではダイオードから整流管ではなく、整流管を別の整流管に変えたら、それでも音が変わるのでしょうか。この質問はある意味整流管をナメていると言っても良いでしょう。

整流管は規格ごとに全て内部抵抗が違いますし、同じ規格であっても、プレートの形状で電流に対する内部抵抗の変化が変わってしまうのは物理的宿命でもあります。

真空管 6AS7GT
GE
6AS7GT
GE
5AR4
曙光電子
6RK19
東芝
6DW4
東芝
5U9C
ロシア
5U4
GE
公表逆尖頭値 diode zero bias 1500V 5500V 5000V 1700V 1550V
遮断電圧 rms 800V 1000V 3000V 3000V 3000V 3000V 2500V
内部抵抗 88Ω 400Ω 100Ω 100Ω 130Ω 500Ω 300Ω


つまり整流管は、球ごとに異なるプレートの色、ゲッターの輝き、バルブのスタイルなど見た目のカッコよさと物理的特性が絶妙に影響しあって、真空管の中で最もハードといわれる整流作業を、それが故の短い寿命の中で全うして行くのです。

逆に整流管を単なる電源構成素子と考えるからこそ、整流管「でも」音が変わるなどという発言が出るのであって、これを「動作状態自動変更装置」と上位に位置づけた上で、ネクタイやハンドバッグを換えるが如く、気軽に音質の変化を楽しめば良いわけです。








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