コンピューターは人間とよく似ている、と言うより脳のつくりを参考にしているので、ファームウェアも人間に例えると説明しやすいでしょう。

私たち人間は、心と体だけで出来ているように見えますが、実は第3の存在、ファームウェアがあるのです。

いわゆるウインドウズやマックOSというプログラムは、人間なら意識や心です。そしていろいろな電子部品や回路の基板や外装ケースは身体に相当します

しかし意識や心では、心臓を動かして丁度いい血液を流したり、寝ている間に息をしたり、肝臓でアルコールを分解したり出来ません。

同様に、ウインドウズやマックOSなどのOSでは、電源を立ち上げ、部品全体に丁度いい電流を流したりすることができないのです。

そこでこのような基礎的なことをやってくれるのが、ファームウエアといい、コンピューターならバイオス(BIOS)というプログラム、人間なら自律神経や副交感神経のようなものになります。

ですからファームウエアつまりBIOSまでしか立ち上がっていないコンピューターというのは、生きてはいるが意識不明でベッドに横たわっている人間のようなものです。


         


ファームウエアもプログラムで、意識とは別にやるべきことをこなしているのため、舞台に上がる前、心がホットになって心臓がドキドキするのは、意識ではなかなか止められません。

複雑な仕事をコンピューターにやらせ、CPUがホットになった時、ファンのスピードを上げるのも、ファームウエアの関係するところで、OSからは変更できません。

ファームウエアについて人間とコンピューターに違いがあるとすれば、人間はそれなりの修行を積むことによって、あるていど自律神経をカイゼンさせることが出来る点でしょうか。

しかしそのうちコンピューターも、AIが自分の都合の良いように、自分のBIOSを最適化するのでしょう。その時人間をジャマな存在と思わなければ良いのですが。





そのためにも私は古いコンピューターをぞんざいに扱わず、「よくもご先祖様を虐(しいた)げおって。」などとAIに後ろ指さされぬよう、気を付けているのです。

また近年では、脳だけでなく臓器もファームウエアを持ち、それがネットワーク化されていることもわかってきました。これはコンピューターが、すでにやっていたことです。

AIは正当な学習によって発達するものと考えられていますが、人間のひらめきや遺伝子の良質なエラーの様に、例えば結論に至るアルゴリズムで、想定していなかったエラーが、思いの他優れていたりして、ブレイクスルーを作るかもしれません。

つまりAIには生命体同様、突然変異による進化論が適用されるかもしれないと、考えられるわけです。

生物の条件である自己複製機能では原材料調達のための自動運転システムなど、その準備は着々と人間が進めて、あるいはAIに進めさせられています。

ところで精神に亡霊があるのなら、ファームウエアの亡霊はどうなってしまうのでしょうか。優れた作家や霊能者の先生方も、このあたりの対応を忘れないで欲しいのですが。

というのも、生き物が死んだとき、意識は勿論、肉体から離脱したように見えますが、同時にファームウエアも離脱したように見えるからで、離脱したファームウエアについてのことも、上手に語って欲しいのです。






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